TINY BALANCE * hiroshi watanabe blog

思う事いろいろ、、

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魂の込められた物という物は、確かに息吹が宿り間違い無くそこに存在する。
それらには流行も何も関係が無くいつまでもその存在感は不変であり、風化する事は決してない。
何も心臓が鼓動を打っていなくても魂が宿っていればどんな物であれそれは生き物としてそこに存在している事になる。
もしくは、人がある物をこよなく愛し、使い続けていた物もまたその人の想いや念が込められて知らず内にそのものが
生き物としての物体へと変容していくという事もあるだろう。
音楽とは、ライブパフォーマンスで誰かが演奏している姿以外には基本、形が無いものである。
(CDやレコードという形を含めれば違う言い方も出来るが)
音に込められた想いが生き物として誰かに伝わる程に強い存在を持てた時、その音楽は姿形がそこに無くとも、
限り無いエネルギーを放つ存在となる。
確かに誰もがある時代に生まれ、生きている。
僕らは今、正に様々な新しい形の音を日々耳にしている事だろう。
テクノロジーは限り無く今後も発展し、成長をして行くのは間違い無い。
だけど、人間の感覚はそのテクノロジーに飲み込まれてはいけないと思うんだ。
これは気を付けなければ簡単に飲み込まれる程進化のスピードは早い。
自分を知るという事も時代に負けない為により必至な事だろう。
自分を探り、何を感じ、何に本当の幸せを感じて生きているのか?、、、
気付いた時にはいつでもじっと立ち止まって考える必要があると思う。
僕も自分のこの1回の一生を今こうして生きてる。
ここでいつも言葉を綴る事は同じ、決して悔いの無い人生を追うとはどういう事だろうと、自問自答しているのだ。

大切なものと共に立ち向かうこの先の人生により一層の期待を自分で掛けてみようと思う。
正月に書き綴ったばかりのスローガンにまた新たな気持ちをここで上書きするのである。

言葉にする、声に出す、これらは自らの魂に自我の決意を刻み込み、
暗示を掛けて生きて行くという事。
生きる事そのものが情熱であり続けたいね。






HIROSHI WATANABE
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by TinyBalance | 2012-01-16 00:30 | MY SELF